園長のパワハラで限界になり、新卒保育士を辞めた体験談

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新卒で入った幼稚園で、私は園長から毎日のように怒鳴られ、出勤前に過呼吸を起こすようになりました。

結論から言うと、その職場を辞めて正解でした。

この記事では、私がどんなパワハラを受けて、どこで限界になり、どう退職したのか、そして辞めた後に気持ちがどう変わっていったのかを、そのまま書きます。

今、園長からの叱責や威圧的な態度に苦しんでいて、「自分が弱いだけなのかな」「辞めたいと思うのは甘えなのかな」と悩んでいる方に向けて伝えたいです。

この記事でわかること
  • 園長からどんなパワハラを受けたか
  • パニック障害になるまでの経緯
  • 診断書と退職届を郵送して辞めた方法
  • 退職後に気持ちが回復していった流れ
  • 今限界を感じている人が次にできること
目次

就職前の面接で感じた違和感

就職した私立幼稚園は、面接の時点ですでにおかしな職場でした。

宗教の有無や家族の職業を聞かれ、面接の途中で園長夫婦が口論を始めたのです。

当時の私は違和感をうまく言葉にできませんでしたが、入る前からおかしい職場だったのだと思います。宗教や家族のことを面接で聞くのは、本人の適性とは関係のない質問です。厚生労働省も、こうした質問は就職差別につながるおそれがあると示しています。そのことを当時知っていれば、内定を断る選択もあったかもしれません。

研修中に感じた監視の空気

卒業前の2月、研修が始まった頃から、私はすでに息苦しさを感じていました。

研修中は服装や髪色、電話対応、掃除、退勤時間まで細かく決められていました。新人は誰よりも早く出勤し、電話は奪い合うようにしてでも出る。化粧は禁止。帰りは必ず全員がそろうまで待つ。園内にはカメラがあって、常に見られているような感覚がありました。縄跳びで子どもたちと遊んでいたら「危ない」と怒られたこともあります。

周りの友達が遊び回る中、私だけ黒髪にスーツで朝6時に家を出る毎日。働き始める前から、どこかおかしいと感じていました。

それでも同期と励ましあいながら頑張っていたのですが、園長が運転する園バスへの添乗が、1年間担当することに決まったのです。

園長のバス添乗で受けたパワハラ事例

私が就職した幼稚園では、バスの添乗は新人が1年間担当するという決まりでした。

最初のうちは、1つ上の先輩が一緒に添乗してくれていました。子どもの乗せ降ろしや保護者への対応を見守り、その場ですぐにアドバイスをくれていたので、私はまだ何とかやれていました。

でも、その先輩から「園長のバス担当になった人はみんな病むから、頑張ってね……」と言われたことがあります。

その先輩もきっと、1年間ずっと苦しかったのだと思います。私に担当が代わることで、やっと園長のバスから解放される。そんな空気を感じました。

そのときは深く考えられませんでしたが、今振り返ると、園長のバス担当になる新人が毎年同じように苦しむ体制が、ずっと続いていたのかもしれません。

そして、先輩が一緒に乗ってくれていた期間が終わり、私が初めて一人でバス添乗をする日が来ました。

朝と帰り、園長とほぼ2人きりのバスの中。それが毎日続くのだと思うと、すでに息苦しさがありました。

どんな対応をしても怒られ、正解がわからなかった日

あるバス停で、「保護者への挨拶がなっていない、しっかり頭を下げておはようございますだろ」と怒られました。

次のバス停では、しっかり頭を下げて丁寧に挨拶しました。すると「そんなに頭を下げて、子どもたちがバスのステップでケガをしたらどうするんだ」と怒られました。

その次のバス停では、挨拶をさっと切り上げてすぐに子どもたちの補助につきました。ステップでケガをしないように。

すると今度は、「挨拶をしっかりしろ」と怒られました。

3回とも違う対応をして、3回とも怒られました。当時は本気でどうすればよかったのか考え続けていましたが、今思えば正解なんて最初からなかったのだと思います。

直前に聞いた欠席理由まで求められた

バスに乗る予定の子が休みだったので、担任からの連絡をもとにそのバス停を飛ばすと伝えると、「なぜ休みなんだ」と聞かれました。

担任からはバスの発車直前に「休みだから飛ばして」とだけ言われていたので、「わかりません」と答えると、「しっかり聞かないとダメだろ」と怒られました。

初めて一人でバス添乗をする日に、担任から直前に聞いただけの欠席理由まで、その場で把握できるはずがありません。でも当時の私には、そう言い返す言葉も気力もありませんでした。

先輩の声かけで涙と過呼吸が止まらなくなった

ある日の帰りのバス添乗を終えたあと、先輩が声をかけてくれました。

その瞬間、ずっと我慢していた涙があふれ、過呼吸を起こしてしまいました。

そこに現れた園長は、「なんだ!?泣いてるのか!?」とまた怒りました。それに対して副園長が「病気よ。」と言い放った言葉は、今でも忘れられません。責められているように感じました。

職場で泣いてしまったことが恥ずかしくもあり、先輩にも同期にも「大丈夫です。泣いてしまってすみません!」と答えた自分を、今なら抱きしめてあげたいと思います。

次の日も出勤しました。笑顔で明るく振る舞い、怒られても反論せず、健気に頑張っていました。

お弁当の朝、もう限界だと気づいた

次の日の朝、いつものようにお弁当を作っていました。

完成して、よし、とひと息ついた瞬間。涙がポロポロとこぼれてきました。

自分でも「えっ?泣いてる?なんで?」という感じでした。でも止まらなくて、止めようとすればするほど泣けてきて、そのまま過呼吸になりました。

「あぁ、もう限界だ。」

そう思いました。

母に電話しましたが、呼吸が苦しくて声が出ませんでした。それでも母は察してくれて、「今日は代わりに連絡するから、休みなさい」と言ってくれました。子どものころ以来、私が泣きじゃくる声を聞いた母は、相当驚いたと思います。

その日から、一度も出勤はできませんでした。出勤しなきゃと考えるだけで過呼吸になってしまうのです。

一度だけ副園長が会いに来ましたが、「病気だなんて聞いてなかったから……」という言葉を残していきました。その言葉を聞いた私は、「病気とわかっていたら採用しなかったのに」と言われているように感じました。

パニック障害と診断された

この頃の私は、ふとした瞬間に涙が出て、過呼吸を起こし、人混みや電車のような閉鎖された空間が怖くなっていました。

その後、パニック障害と診断されました。

心療内科の先生に言われたのは、「退職したらきっとすぐ治るよ」という言葉です。もちろん、回復の早さは人によって違うと思います。それでも私の場合は、職場から離れたことで少しずつ症状が落ち着いていきました。過呼吸で死ぬわけではないと頭ではわかっていても、息ができないような苦しさや、周りに迷惑をかけてしまうつらさは本当に大きかったです。

診断書と退職届を郵送して辞めた

私は職場に行けなかったので、診断書と退職届を郵送して辞めました。

一般的には直接伝えるのが基本なのかもしれません。でも当時の私は、職場を思い浮かべるだけで過呼吸になり、電話をかけることも、出向くこともできませんでした。そのときの私には、それしかできなかったのです。

退職の手続きはできても、気持ちはまったく落ち着いていませんでした。誰かに相談する余裕もなく、まずは職場から離れることで精一杯でした。

「退職をどう切り出せばいいかわからない」「職場に連絡すること自体が苦しい」という状態なら、退職が言いづらい人向けの記事や、退職代行について書いた記事も参考にしてみてください。自分で伝えるのが難しい状態なら、一人で抱え込まなくていいです。

退職してから、少しずつ気持ちが変わっていった

退職してからは、過呼吸がほとんど出なくなり、最初は怖かった人混みも少しずつ平気になっていきました。

心を許せる友達にたくさん会って、なるべく1人にならないようにしていました。周りもかなり気を遣ってくれていたと思います。

そんな中、気にかけてくれていた友達が、アルバイトの話を持ってきてくれました。近くの託児所で1〜2ヶ月だけ人が足りない期間があって、週に2〜3回来てほしいと。

正直、保育の現場に戻る勇気はなく、自分には向いていないんじゃないかとも思っていたし、次は別の仕事をしようかとも考えていました。でも、期間が限られていたこと、少しでも収入が必要だったことで、ハードルが下がって引き受けることにしたんです。

やってみると、少しずつ慣れていきました。

20人もいない子たちを異年齢でゆったり見る保育。大きい園では感じにくかった余裕がありました。そして、1歳の子が私に懐いて、後追いまでしてくれるようになりました。

「あ、この仕事って楽しかったんだ。子どもと関わる仕事って、やっぱり尊いんだ。」

やっぱりこの仕事がしたいと、徐々に思っていきました。合わなかったのは「保育士」という仕事ではなく、あの職場だったんだと気づいたのは、このころです。

退職後の働き方の詳しい流れは、新卒で保育士を辞めたあとの話にまとめているので、「辞めたらその後どうなるの?」と気になる方はそちらも読んでみてください。

よくある質問

園長のパワハラで辞めるのは甘えですか?

甘えではありません。毎日のように怒鳴られる、何をしても否定される、出勤前に涙や過呼吸が出る状態は、心と体が限界を知らせているサインです。無理に続けることだけが正解ではないと、自分の体験から思います。

診断書と退職届を郵送して辞めてもいいですか?

私はそうして辞めました。本来は直接伝えるのが一般的です。ただ、心身の不調で出勤も電話もできない状態なら、診断書をもとに郵送で手続きを進めることもあります。不安なときは、労働相談窓口や退職代行などの選択肢を調べておくと安心です。

パワハラの証拠がなくても相談できますか?

できます。いつ、どんなことを言われたか、誰がいたか、そのとき自分がどんな状態だったかをメモしておくだけでも、状況を整理しやすくなります。まずは相談窓口に連絡してみることが大切です。

園長のパワハラで辞めたら、もう保育士には戻れませんか?

そんなことはありません。私も一度は現場から離れましたが、友達のつてで始めた託児所のバイトをきっかけに、この仕事の楽しさを思い出しました。合わなかったのは「保育士」という仕事ではなく「その職場」だったと気づきました。新卒で辞めたあとの話にも詳しく書いています。

園長のパワハラはどこに相談すればいいですか?

労働局の総合労働相談コーナーや、自治体の労働相談窓口などがあります。保育士の場合、園の中だけで解決しようとするとつらくなることも多いので、外部の相談先を知っておくだけでも安心です。詳しくは保育士がパワハラを相談できる窓口にまとめています。

まとめ:園長のパワハラは限界まで我慢しなくていい

今振り返ると、私の体はかなり前から限界のサインを出していました。

出勤前になると息苦しくなる。職場のことを考えるだけで涙が出る。園長の声や表情を思い出すだけで体が固まる。休みの日も、次の出勤のことが頭から離れない。

当時の私は「新卒だから弱音を吐いてはいけない」「みんなも頑張っている」と思い込んでいました。でも、体に症状が出ているなら、それは気合いで乗り越える段階をすでに超えているのだと思います。

私は数週間で出勤できなくなりました。そこまで壊れる前に、誰かに話す、受診する、辞める準備をする。そのどれかを先に始めた方が楽です。

もう話すことも考えることも無理という状態なら、まず職場から離れることを優先していいと思います。私の場合、退職してからしか回復できませんでした。

すぐに登録する必要はありません。まずは「どんな職場があるのか」を知るだけでも、今の職場だけがすべてではないと思いやすくなります。保育士の転職サイト6選も、余裕があるときに読んでみてください。

園長のパワハラで苦しんでいると、自分が悪いように感じてしまうことがあります。でも、体が限界を知らせているなら、その声を無視しないでください。逃げることは、弱さではなく、自分を守るための選択です。

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